空谷の跫音(くうこくのきょうおん)

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zoom RSS 納骨式に見た、弟と親戚間の希望拷問

<<   作成日時 : 2017/09/28 13:30   >>

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田舎へ、父の納骨式で帰省した。

父が死んだのは約20数年前。

ずっとお寺に父の遺骨は保管されていた。

なぜそれを今、納骨することになったのか。

それは母の子供(私含む)が都会へ離れ、

それでも遠く離れた田舎の地に、父を完全に

眠らせていいのか、という母の迷い。

そして、ああ、やはり子供が戻らずとも

生まれた地で自分も眠ろう、という母の

決意
だ。

つまり、本人も自覚していないだろうが、

母は子供に見切りをつけたのだ。

相変わらず長男(私の弟)は田舎をたたむ

ことに真剣に向き合っていない。

母の葬式(もちろんまだ存命)も、田舎でする

のは反対。

だが、それを母本人にも、田舎にいる親族に

も言わない。

親族=この度納骨となった私の父の妹弟

は田舎に在住し、母にとても良くしてくれている。

彼らには跡取りがいない。

万が一の時、即浮かぶような明確な喪主が

存在しない。

だから彼らは我が弟(親族から見れば頼りにして

いた兄の息子・長男。大げさに言えば“家”の主)

あてにしているのだ。

口にしなくてもそれは母も承知だ。

だが、弟はそれがわかっていない。

なぜ彼らは弟を敬った態度をとるのか。

そもそも彼らがそういう“つもり”の態度だと

弟はわかっているのか。

まさか、ただの愛情と思っているのだろうか?

バカなの?と言いたい。

弟は娘がいる。息子はいない。

跡取りがいない(という事情は、親族には

もはや関係ない)のに、自分の墓は都会の

今、自分が住む地に、と考えている。

嫁(弟の奥さん)も夫の実家に愛着などある

はずもない。実際、納骨式にも来なかった。

彼女が寄り付かないのもよくわかる。

彼女の実家は都会にあり、いつでも帰る

ことができる距離なのだ。

しかし弟は立場が違う。

母の葬式はこっち(都会)でやるしかない

と言っているが、それは彼が長期の休みを

とることが出来ない、葬儀を仕切るのに、

田舎ではより手間がかかると考えているから

だろう。

彼の子供たちはまだしも、彼が喪主という

ことになれば、その配偶者(妻・嫁)はもっと

大変なことになる。

最低7日はその地にとどまり、あれもこれも

しなければならない。

うるさい小姑(私)もいるし、夫の立場を“良い

妻”
として、守らねばならない。

それらの負担を考えれば、ホーム(都会)で

母の葬儀……と考えるのもわかる。

アウェイ(田舎)だと移動するだけで大変だ。

納骨式はまだしも、さすがに葬儀に喪主の

家族が欠席とはいかない。

しかし、母は田舎に掛かり付け医がいて、

親族以外に友人もいて、彼女なりのネット

ワークが出来上がっている。

亡くなった際、遺体になってから突然

移動ーーそれは変だろう。彼女の関係者は

皆、向こうにいるのに。

色々とおかしな方向にそれぞれが勝手に

想像し、都合のいい希望を抱いている。

これは希望拷問ではないか。

残酷でも、今、彼らに真実を告げないのは

詐欺みたいなものではないか…。

傍観しながら、そんなふうに彼らと

別れをつげ、一人の世界に私は戻った。

やっぱり女(私)はズルいなぁ…。

*追伸*
自分の娘にお墓参りをしてほしいのはわかるけど、その費用を子供に現金で残した方が喜んでくれると思うよ。余計なお世話だけど。

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